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大阪高等裁判所 昭和59年(う)1111号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人酒井武義作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官小林秀春作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一、第二の点について

論旨は、これを要するに、被害者塚田雅裕の被つた傷害は、被告人が原動機付自転車(ミニバイク)に乗車していた被害者に「倒れろ」と命じたことにより、同人が路上に倒れたために生じたものであつて、被告人が「倒れろ」と命じた所為は被害者に対する有形力の行使ではなく、被告人の右所為と被害者の傷害との間には相当因果関係がないのに、原判決が右所為を被害者に対する暴行と同一に評価し、さらに本件の傷害を強盗致傷罪にいう傷害と認定して同罪の成立を認めたのは、事実を誤認し、ひいては刑法二四〇条前段の解釈・適用を誤つた違法があり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるというので、所論と答弁にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討し、次のとおり判断する。

被告人は、捜査官に対する供述調書において、ミニバイクの後部荷台に乗つて被害者の右脇腹に登山ナイフを突きつけて運転させ、両手錠で原判示のように被害者をミニバイクに連結固定したうえ、荷台を掴んで同車もろとも被害者を路上に引き倒した旨供述しているが、被害者の捜査段階及び原審における供述並びに被告人の原審供述等にかんがみ、右の「引き倒した」旨の供述部分をそのまま措信し、被告人が有形力を行使して被害者を引倒したと断定するのを躊躇せざるをえないことについては、原審と所見を同じくするものであるが、関係証拠を総合して、被害者が路上に倒れて受傷した前後の状況をみると、被告人は、有島加津廣と共謀のうえ、被害者から金員を強取しようと企て、原判示のように被害者運転のミニバイクの後部荷台にまたがつて乗車し、登山ナイフを同人の右脇腹に突きつけ、「騒ぐな、騒ぐと殺すぞ、俺の言うとおりにせえ」などと申し向け、同人をして玉串元町団地南側のアスファルト舗装の路上まで運転させて連行し、同所において、両手錠の一方を同人の左手首に、他の一方を同車のハンドルにかけて連結固定するなどの暴行、脅迫を加えて同人の反抗を抑圧したうえ、さらに「倒れろ」と命じ、同人において命じられたとおりにしなければ殺されるかもしれないと畏怖して同車もろともその場に転倒するのやむなきに至らしめ、同車前部の荷物かごから同人管理にかかる現金一、一六〇万六、九九五円及び小切手等在中の鞄を強取して逃走したが、同人は路上に転倒した際、両肘を路面で打つて加療約一四日間を要する左肘部打撲挫切創、右肘部打撲傷を負つた、と認めるのが相当である。

原判決は、被告人が「倒れろ」と命じた以外には被害者を転倒させるような有形力を行使したことは認められないとしつつ、被告人は金員奪取後の逃走を容易ならしめるために、反抗抑圧状態にある被害者に命じて転倒させたものであるから、このような被告人の所為は、刑法上は自ら直接被害者に暴行を加えたのと同一に評価するのが相当であると判示しているのであつて、これは従来の判例(最判昭和二八年二月一九日刑集七巻二号二八〇頁、昭和三三年四月一七日刑集一二巻六号九七七頁)の考え方に沿つて事を処理しようとするものと解され、もとより一個の見解たるを失わず、検察官も答弁においてこれを正当としているのであるが、当裁判所は、さきに示した事実関係に照らし、原審の右の判断に賛同することができない。

所論は、強盗致傷罪が成立するためには、傷害の結果が強盗の手段として用いられた暴行にもとづいたものでなければならないというのであるが、所論のように傷害の結果が強盗の手段たる暴行から生じた場合はもちろんであるが、判例(最判昭和二五年一二月一四日刑集四巻一二号二五四八頁)は、これに限らず、強盗の機会においてなされた行為によつて致死傷の結果を生じたときにも同罪の成立を認めているのであつて、強盗の手段たる脅迫によつて被害者が畏怖し、その畏怖の結果傷害が生じた場合に、強盗致傷罪の成立を否定すべき理由はないというべきである。

本件の場合、被告人は前示のとおりの暴行、脅迫を加えて被害者の反抗を抑圧し、意思の自由を失つている被害者にさらに「倒れろ」と命じ、被害者は命じられたとおりにしなければ殺されるかもしれないと畏怖してミニバイクもろとも路上に転倒したことによつて傷害を負つたもので、被告人が右のように反抗抑圧状態にある被害者に「倒れろ」と命じる所為は、強盗罪における脅迫に当たるというべきで、それは強盗の実行中に強盗の手段としてなされたものであることは明らかであり、被害者の傷害は被害者が畏怖したことに起因するものであるから、強盗の手段たる脅迫によつて傷害の結果を生じたものとして強盗致傷罪の成立を認めるのが相当であり、傷害の程度も所論のように軽微ではなく、強盗致傷罪における傷害に当たることに疑いはない。

以上の理由により、原判決が被告人において被害者に「倒れるように命じて、同人をしてその場に転倒するのやむなきに至らしめ」たことを、「もつて暴行を加え、その反抗を抑圧したうえ」(原判決三枚目裏三行目から五行目)と認定判示したのは、事実を誤認し、刑法二四〇条前段の解釈を誤つたものであるが、右に述べたように結局強盗致傷罪が成立することにかわりがないから、その誤りは判決に影響を及ぼすものではない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三の点について

論旨は、原判決の量刑不当を主張するが、原判決が量刑の理由として述べるところは相当であつて、犯行の態様と被害額、共犯者間における地位、役割、利得額等にかんがみると、犯情悪質で刑責は重く、諸般の事情を考慮しても、被告人を懲役六年に処した原判決の量刑が重きに過ぎるとは考えられない。この点の論旨も理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を適用して、主文のとおり判決する。

(児島武雄 谷口敬一 中川隆司)

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